洗うちゃん

教育学部です

ブラックブラック

食事10分。

もっと早く食べる先生もいる。

トイレ?まあ、行けたらいいよね。

2時間睡眠の体に鞭を打って、子供たちとドロケイして走り回る。走り回らないと子供たちの様子もわからないし。

一日中立つか中腰かの2択なので、悲鳴を上げて砕け散りそうな腰。曖昧な記憶。浮かぶ疑問。

大学生ってこんなだっけ?

全休USJは?自主休講は?

実習は人間の限界に挑むものなのか?

終わったらサイヤ人、いやもういっそナメック星人になりそうだ。顔色がナメック星人に近くなってきてる。夢のアレが撃てるぞ。


そして痛感した。

先生ってこんなにキツかったんだ。

いつでも笑顔で私を諭してくれた仏様みたいな先生は、それをおくびにも出さなかった。


やって初めて、辛さとか、やり甲斐とかが分かる。当たり前だけど。

インターンも行かせてもらって、働くことを少しだけ学んだ。


内側のことを考えもせずに文句を言って、批判する街頭インタビューの大人を見て、とりあえず開口一番ケチをつける人間にはならなかろう、と強く思った。

1番ショックだったこと。

今まで生きてきて色々とショックだったことはあります。

確実だとチューターさんに言われて、4月から最後の模試までずっとA判定をもらってた学校に落ちること2回。大学と中学。2回ともストレスで前髪むしっちゃって若干ハゲる。
齢12にして斎藤さん街道ひた走ってる。
ペッ!と髪の毛を弄って前髪っぽくして誤魔化した。毛の量と美容師さんに感謝。

あとは中学の時に仲良くしてくれた友達が私のせいで?というか、私と仲良くするなんてセンスが悪い、と笑い者にされて泣いてしまったこと。
いや、それは私が悪いんであって、彼女はめちゃくちゃいい子ですがな。そういうのは私に言え。
…とは言えず。申し訳なくて謝るしかできなかった。

などなど。
1番ショックだったのは
「あんたの話、つまんないって。Bちゃんも言ってたよ」
習い事で仲良くしてた子にある日突然言われたこの一言。
当時、その子も私も小学校低学年〜中学年。
え、いやもう、つまんないとか、そういうこと考えて喋ってないし。
分数の計算もできないのにオチの計算なんかできるわけないだろ!
っていうか私をなんだと思ってるんだ?!
今ならこんな文句が出てくるけど、当時は呆然と突っ立ってた。
今まで、笑っててくれたのは気を使ってたからなのかなあ、もう仲良くしてくれないのかなあ、って思ってた。多分。
それからしばらくして別のスポーツに興味が移って、その習い事はやめた。

それから、元々家族が喧嘩する事が多くて、なんとか場を和ませようとしてた。
最初は怖いビデオをわざと下で見て、みんながうわっ!怖!ってならないかと試してみた。
成功しなかった。
そりゃそうだ、ディズニーだし。
お尻のキュートな世界一リア充でかわいいアヒルが出てくる上、アッヒョ!な犬の幽霊がズッコケたりドアに挟まったりしている。
これをいい大人が怖がるわけがない。
じゃあもう仕方がないからアホなことして注意をこっちに向けよう。

という2つの理由で、お笑いの番組をよく見るようになった。私自身笑いたかったのもあるかもしれない。
ザキヤマさんのボケとか、後藤さんの例えのボキャブラリーとか、ちゅうえいさんの一発ギャグをすごいなあと思いながら、少しずつそれを真似て友達や家族の会話に挟んでいった。
やられて嫌なことは笑いにならないから、その人がどういう話題が嫌なのか、注意しながら話した。
知識がないと突っ込めないから、とにかく色々なジャンルの本を読み漁ったり、ネットを見たりした。
ひろゆきの掲示板にもいた。びっぱーじゃないよ。
落語も聞くし狂言も見るし、流れで能まで見た。
能は秒で寝た。

色々試行錯誤してたら、面白いね、と言ってもらえる事が増えた。
色々知ってるから話していて楽しい、とも言ってもらえた。
でも、時々思い出してしまう「つまんない」にまた打ちのめされてしまう。
自分はつまらない人間じゃないって思いたいからだと思うんだけど。
どうなのかなあ。
つまらないって、なんなんだろうなあ。
些細な一言でも、意外と影響力があるもんですね。